【31選】1970年代の名曲はいつまでたっても愛され続ける。不滅の人気を誇る邦楽まとめ!

今なお聴き継がれる名曲が多い1970年代の日本ヒット曲を、当時の時代背景や世界の音楽事情はどういったものだったのかを交えて厳選して紹介します。1970年代を70年から79年までを一年ごとに区切り、年ごとのヒット曲がどんな背景から生まれたのかも検証します。

記事の目次

  1. 1.1970年代の名曲はいつまでたっても愛され続ける
  2. 2.【31選】不滅の人気を誇る1970年代の邦楽をご紹介!
  3. 3.1971年(昭和46年)のヒット曲
  4. 4.1972年(昭和47年)のヒット曲
  5. 5.1973年(昭和48年)のヒット曲
  6. 6.1974年(昭和49年)のヒット曲
  7. 7.1975年(昭和50年)のヒット曲
  8. 8.1976年(昭和51年)のヒット曲
  9. 9.1977年(昭和52年)のヒット曲
  10. 10.1978年(昭和53年)のヒット曲
  11. 11.1979年(昭和54年)のヒット曲
  12. 12.まとめ

1970年代の名曲はいつまでたっても愛され続ける

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今なお愛され続ける昭和歌謡の中でも1970年代のヒット曲は、今でも輝きを失っていない名曲がたくさんあります。懐メロから黎明期にあったロック、多くの日本人の心に響いた演歌まで幅広く紹介します。

1970年代の世界の音楽は?

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邦楽の名曲の生まれる背景となった欧米を中心とした音楽シーンはどんなものだったのでしょうか?

1970年代はビートルズの解散に始まり、ロックが複雑になり多様化しポップミュージックの中心になっていきました。ジャズやブルースからは派生したファンクも台頭、メッセージ性の強いフォークや末期には商業化されたロックのカウンターカルチャーとしてパンクロックも出現します。

10年ほどで世界の音楽シーンはものすごいスピードで劇的に変化したといえる時代です。

1970年代はどんな時代だったのか

1970年代の時代背景はどうだったのでしょうか?

世界の主な出来事と日本の主な出来事に分けてざっと紹介いたします。

1970年代の世界の主な出来事

1970年代初頭までアメリカではベトナム戦争が続いており、終わりの見えない戦争や社会問題化する帰還兵や貧困層の拡大などが後を引く時代となりました。

1970年代の日本の主な出来事

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日本の1970年代は大阪での万国博覧会に始まり、敗戦の傷が癒え、驚異的な経済成長を迎え好景気に沸いた時代と言えます。

それまで欧米音楽のまねごとが多かったポピュラーミュージックもようやく日本独自の道を歩み始め、多くのヒット曲を生み出していきます。

【31選】不滅の人気を誇る1970年代の邦楽をご紹介!

1970年は、戦後の日本経済の成長を象徴する大規模な博覧会「大阪万博」が行われた年です。
また、ケンタッキー・フライド・チキンの1号店が名古屋に、マクドナルドの1号店が銀座にオープンし、日本の外食文化も変化していきました。
女性の社会進出も盛んになり、ウーマン・リブ(女性による女性解放運動)が流行語となりました。

洋楽のヒット曲としては、ビートルズの「レット・イット・ビー」、サイモン&ガーファンクルの「コンドルは飛んでいく」や「明日にかける橋」、カーペンターズの「愛のプレリュード」「遥かなる影」、ジャクソン5「アイル・ビー・ゼア」などがヒットしています。
また、一世を風靡したビートルズが解散し、人々が衝撃を受けた年でした。

それでは、1970年の邦楽のヒット曲をご紹介します。

黒ネコのタンゴ/皆川おさむ

あどけない少年の声で歌われる「黒ネコのタンゴ」。
懐メロのテレビ特集などでみなさんは一度は耳にしたことがあるのではないでしょうか。
歌っているのは、当時6歳の少年だった皆川おさむです。
キャッチコピーは「大人のための子供の歌」。

1969年10月5日にリリースされ、週間オリコンランキング14週連続1位を獲得、売り上げは260万枚のミリオンセラーとなりました。
ヒットの火付け役はニッポン放送のラジオ番組「オールナイトニッポン」です。

実はこの曲は、1969年リリースのイタリア童謡(Volevo un gatto nero「黒ネコが欲しかった」)の日本語カバー曲です。
歌っているのは、当時4歳の少女だったヴィンチェンツア・パストレッリです。
イタリアでも大ヒットしたこの曲は、日本だけでなく多くの国でもカバーされている名曲です。

日本語バージョンでもイタリアバージョンでも、あどけない歌声が可愛らしい名曲です。
 

ドリフのズンドコ節/ザ・ドリフターズ

「ドリフのズンドコ節」は、1969年に始まったTBS系列の番組「8時だヨ!全員集合」のオープニングにも使われていた曲です。
1969年11月1日にリリースされ、日本歌謡大賞や日本レコード大賞も受賞しました。
当時、この番組を見ていた人にとって馴染み深い曲です。

「ドリフのズンドコ節」は、「ズンドコ節(海軍小唄)」をザ・ドリフターズがカバーしたもので、メンバーが交代しながら様々な恋物語をソロで歌います。
初めのメンバーはいかりや長介、高木ブー、仲本工事、加藤茶、荒井注。
志村けんが荒井注の代わりにメンバーに加わった後は、荒井注の担当を志村けんが歌っています。

恋物語とそれぞれのキャラクターも重なって、味のある曲になっています。



 

圭子の夢は夜ひらく/藤圭子

藤圭子といえば、15歳で歌手としてデビューした宇多田ヒカルのお母さんです。
1960年代から70年代にかけ、演歌歌手でありアイドル歌手として、夜の世界に生きる女の思いを歌い綴りました。

1970年4月25日リリース、10週間連続オリコンランキング1位を獲得し、日本歌謡大賞を受賞しました。
原曲は、園まり他の「夢は夜ひらく」です。
低く哀愁漂う声で歌う夜の女の思いは、聴く人の心を痺れさせます。




 

1971年(昭和46年)のヒット曲

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