【31選】1970年代の名曲はいつまでたっても愛され続ける。不滅の人気を誇る邦楽まとめ!

今なお聴き継がれる名曲が多い1970年代の日本ヒット曲を、当時の時代背景や世界の音楽事情はどういったものだったのかを交えて厳選して紹介します。1970年代を70年から79年までを一年ごとに区切り、年ごとのヒット曲がどんな背景から生まれたのかも検証します。

記事の目次

  1. 1.1970年代の名曲はいつまでたっても愛され続ける
  2. 2.【31選】不滅の人気を誇る1970年代の邦楽をご紹介!
  3. 3.1971年(昭和46年)のヒット曲
  4. 4.1972年(昭和47年)のヒット曲
  5. 5.1973年(昭和48年)のヒット曲
  6. 6.1974年(昭和49年)のヒット曲
  7. 7.1975年(昭和50年)のヒット曲
  8. 8.1976年(昭和51年)のヒット曲
  9. 9.1977年(昭和52年)のヒット曲
  10. 10.1978年(昭和53年)のヒット曲
  11. 11.1979年(昭和54年)のヒット曲
  12. 12.まとめ

「渚のシンドバット」は、昭和を代表するアイドルユニットピンク・レディーの四枚目のシングル曲です。
1977年リリース、週間オリコンランキング27週連続1位、年間オリコンランキング2年連続1位と、爆発的な人気だった曲です。

ミイとケイの2人のデュオが魅力的です。

津軽海峡・冬景色/石川さゆり

「津軽海峡・冬景色」は、カラオケなどでもよく歌われている演歌の名曲です。
1977年1月1日、石川さゆりの15枚目のシングルとしてリリースされ、日本レコード大賞歌唱賞、FNS歌謡祭グランプリ最優秀賞を受賞し、今もなお歌い継がれています。

当時は本州から北海道に行くには、青森から連絡船にのり、津軽海峡を渡らなければなりませんでした。
この曲は、東京上野駅から青森を経て北海道に渡る人々の想いを綴った曲です。
作曲は阿久悠、作詞は三木たかし、昭和の名曲を生んだ2人が生んだ名曲です。

秋桜/山口百恵

「秋桜」は、「日本の名曲百選」にも選ばれている日本の名曲です。
1977年10月1日に山口百恵の19枚目のシングルとしてリリースされました。
日本レコード大賞歌唱賞にも選ばれています。

作曲はシンガーソングライターのさだまさしです。
当時、山口百恵はツッパリ系のイメージで売り出されていましたが、さだまさしはこの曲によってそのイメージを変えました。

母を想う嫁ぐ娘の想いを綴った曲を山口百恵の歌唱力によってより深く伝えて今s

1978年(昭和53年)のヒット曲

1978年は、新東京国際空港(成田国際空港)が開港しました。
24時間テレビ「愛は地球を救う」の放送が開始され、人々の目がてチャリティーに活動に向けられるようになりましあ。
また、映画「サタデー・ナイト・フィーバー」の影響でディスコが若者たちの間で広まっていきました。

洋楽では、アース・ウィンド・アンド・ファイアーの「セプテンバー」、ヴィレッジ・ピープルの「Y.M.C.A」、ビリー・ジョエル「ストレンジャー」などがヒットしています。

それでは1978年の邦楽ヒット曲をご紹介します。

UFO/ピンク・レディー

「UFO」は、ピンク・レディーの大ヒットナンバーの一つです。
1977年12月5日にピンク・レディーの6枚目のシングルとしてリリースされ、週間
オリコンランキング1位、年間オリコンランキング1位を獲得し、ミリオンセラーとなり、大ヒット曲となりました。

この時代は、ちょうど宇宙ブームが巻き起こっていた頃です。
振り付けと「UFO!」というイントロは有名で、カラオケなどでもよく歌われます。

次のページ

1979年(昭和54年)のヒット曲

関連記事

Article Ranking