ロシアの名作曲家カリンコフについて詳しくご紹介!

ロシアの作曲家カリンニコフをご存知でしょうか。表舞台に出る機会がなく、無名の音楽家ともいわれますが残された作品はどれも名曲ぞろいです。今回は近年になり注目を浴び始めたカリンニコフの人生を紐解いてみましょう。代表曲も紹介しますので、チェックしてみてくださいね。

記事の目次

  1. 1.カリンニコフとは
  2. 2.カリンニコフは生涯を終えてから評価された
  3. 3.カリンニコフの有名作品ご紹介
  4. 4.まとめ

カリンニコフとは

とにかく波乱万丈!カリンニコフの生涯とは

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1866年1月、ロシア帝国オリョーリ県に生誕したカリンニコフ。警察官の親の元に生まれ、14歳で聖歌隊の指揮者を努めるなど音楽の才能に恵まれたカリンニコフですが、生涯を通して極貧だったといわれています。

世界最高峰の音楽学校である「モスクワ音楽院」に進学するものの、学費を払うことができずに退学を余儀なくされてしまいます。
その後奨学金を得ることができ、モスクワの演劇協会学校に入学します。
そこで作曲と、ファゴットの演奏法を学びます。

オーケストラのアルバイトとして、バイオリンやティンパニーなどいろいろな楽器を演奏しましたが大きな収入には繋がらず、写譜のアルバイトも掛け持ちしていた経緯があります。

26歳のとき転機を迎えるも・・・

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1892年チャイコフスキーに出会ったカリンニコフは、彼の薦めもありマールイ劇場とイタリア歌劇団の指揮者を務めることになります。しかし、指揮者としての仕事は長くは続かず、27歳のときに死因となる結核に感染してしまいます。仕事を失ったカリンニコフは、その後、クリミア半島へ移住します。満足な収入がなかったカリンニコフは友人の援助を受けながら、余生を過ごすことになります。療養に入ったカリンニコフは、限りある時間の中で作曲活動に励み、1895年に交響曲を完成させます。

カリンニコフは生涯を終えてから評価された

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1895年に完成された交響曲は、1897年にキエフで初めて演奏されます。ラフマニノフをはじめ、友人たちの協力によって実現されたもので、ウィーンやパリでも演奏されました。しかし、病に冒されていたカリンニコフはどの演奏に立ち会うことも叶わず、1901年35歳の誕生日を前に逝去されました。

生涯を終えてから、作曲家としての才能を評価されたカリンニコフ。
彼の遺作は、近年になり再び脚光を浴び始めました。
日本でもアマチュア・オーケストラの演目として大変人気の楽曲です。
それでは、カリンニコフの代表曲をいくつか見てみましょう。

 

カリンニコフの有名作品ご紹介

交響曲第1番ト短調

カリンニコフの代表曲ともいえる交響曲。ロシア民謡を連想させる美しい旋律と管弦楽法が特徴的で、循環形式と呼ばれる作曲技法が用いられています。生命の希望に満ちたようなメロディが、彼の生涯を物語っているようです。

この交響曲第1番は、リムスキーコルサコフに写譜を送るのですが、満足のいく評価を受けることができなかったといわれています。

交響曲第2番イ長調

交響曲第1番に比べると印象が薄いですが、構成や内容は第1番に負けないボリュームがあります。とくに第二楽章は表現が豊かと評価が高いです。注目して聴いてみてください。

序曲「ブイリーナ」

無名の楽曲ともいえる、序曲「ブイリーナ」は管弦楽曲のひとつで2000年になり急に脚光を浴びた1曲です。注目されることとなった理由は、1936~1943年に使われていたソ連国歌に非常によく似ているとされているためです。それは、ソ連国歌を復活させるか議論にもなったほどだといわれています。しかし、因果関係はなく、偶然という説が有力視されています。

悲しい歌ト短調

カリンニコフが作曲したピアノ曲の中でも、人気が高いのが「悲しい歌」です。ト短調と変ロ長調が織り交ざった楽曲が、郷愁をそそりますね。
ロシア音楽特有の旋律をもっており、5拍子で表現されています。それは、チャイコフスキーの「悲愴」に似ているものがあり、チャイコフスキーから強く影響を受けたことが分かる1曲です。

ヘルヴィムの歌

カリンニコフは、教会で使われる聖歌も作曲されています。同じヘルヴィムの歌を作曲した人の中にはチャイコフスキーやラフマニノフなどの有名どころがありますね。現在でも教会で歌われていますので、機会があれば生の歌声を聴いてみてください。

まとめ

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今回はロシアの作曲家、カリンニコフについて紹介いたしました。ロシアの歴史と重ねれば、より深くカリンニコフの世界を楽しめるでしょう。カリンニコフが遺した作品は全体的に少なく、大きな楽団では演奏される機会もあまりありません。しかし、その才能は確実なものでしたので、ぜひ一度視聴してみてください。

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