【吉田拓郎】大歓声を巻き起こした名曲『落陽』とはどんな曲?独自に歌詞から徹底考察!

日本のシンガーソングライターの草分け的存在で、70年代のフォークソングブームの立役者となった吉田拓郎。たくさんのアーティストに影響を与え続けるレジェンドの名曲『落陽』について、その歌詞を独自に考察していきます。吉田拓郎『落陽』の魅力に迫ります。

記事の目次

  1. 1.世に多くの名曲を残してきた吉田拓郎
  2. 2.ライブでは大歓声を巻き起こすと言われる、吉田拓郎の名曲『落陽』とは?
  3. 3.吉田拓郎『落陽』のコードについてもご紹介
  4. 4.吉田拓郎の『落陽』はたくさんのアーティストにカバーされてきた
  5. 5.『落陽』だけじゃない!これだけは聴いて欲しい吉田拓郎の名曲
  6. 6.吉田拓郎『落陽』徹底考察!のまとめ

世に多くの名曲を残してきた吉田拓郎

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"フォークの神様"や"JーPOPの開祖"などと呼ばれ、日本音楽シーンの立役者の1人と誰もが認めるアーティスト『吉田拓郎』。彼に影響を受けたと公言しているミュージシャンは非常に多く、最近ではあいみょんも吉田拓郎に夢中になっていた事を語っています。

吉田拓郎は1946年に鹿児島県で生まれ、その後広島県で育ちます。『風邪』という曲の中では「広島よりも東京が 好きなんだよと言ったっけ 残した言葉が消えてゆく 灰色の空に同化して」という歌詞があります。また、戦争で原爆が落とされた故郷の事を歌った拓郎的反戦歌『いつも見ていたヒロシマ』という曲もあります。拓郎という名前には「故郷を拓け」という意味が込められているそうです。

幼少期の頃から姉がよく聴いていた歌謡曲を聴いて、拓郎少年も音楽に興味を持ち始めます。喘息持ちで身体が余り丈夫ではなかったので、家で過ごすことが多かったため、ウクレレを買ってもらい音楽で遊んでいました。

高校生くらいからバンドを結成し、曲を作り始めます。広島商科大学に入学すると、1人でフォークコンテストなどに出場するようになります。

その後上京した拓郎青年は、米軍基地での演奏などで鍛えられ、ヤマハのコンテストで優勝するなど、着実に実力をつけていきました。

1970年3月には自主制作でアルバム『古い船をいま動かせるのは古い水夫じゃないだろう』を制作、手売りで販売をしました。

『古い船をいま〜』というのは彼のメジャーファーストアルバムとなる『青春の詩』のラストを飾る名曲『イメージの詩』の歌詞の一部なのですが、ボブ・ディランを彷彿とさせるその曲は50年も前の曲とはいえ、今聴いてもその歌詞には胸を打たれるものがあります。

 

イメージの詩

こちらの音源はセカンドアルバム『ともだち』に収録されているものですね。この『ともだち』はライブを録音したものなのですが、当時のアットホームな雰囲気が、ダイレクトに感じられる大変暖かいライブアルバムで、私も大好きです。
 

1970年、インディーズレーベルのはしりともいえる存在のエレックレコードに契約社員として入社、72年にはCBSソニーにアーティスト兼プロデューサーとして契約を結びます。移籍してすぐにリリースした『結婚しようよ』がオリコンチャート3位、40万枚以上を売り上げる大ヒットとなります。

この曲のヒットにより、また拓郎のルックスの良さもあり、今までサブカルチャーとして見られていたフォークソングは一躍メインカルチャーへと浮上します。

その後は『旅の宿』『たどり着いたらいつも雨降り』など次々にヒットを飛ばし、押しも押されもしないトップミュージシャンとなります。

また、作曲家としても森進一に曲を提供するなど、売れっ子として非常に人気がありました。



 

ライブでは大歓声を巻き起こすと言われる、吉田拓郎の名曲『落陽』とは?

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『落陽』は拓郎がまさにノリにのっている1973年のアルバム『よしだたくろうLIVE’73』に収録されている楽曲です。これもまたライブアルバムで、1973年の11月26日、27日に東京の中野サンプラザで行われたライブの模様を収録したものとなっています。

このライブの時が初めての発表となる『落陽』はファンの間でも大変人気があるナンバーです。ライブでも非常に盛り上がる曲でしたが、スタジオ録音されたのは、その後しばらく経った1989年で、アルバム『176.5』に収録されて、シングルカットもされています。

オリジナルとは打って変わって、打ち込みがメインのアレンジとなった新録音バージョンは、テレビドラマ「あの夏に抱かれたい」の主題歌として使用されています。

『落陽』の歌詞から意味を徹底考察

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それでは屈指の名曲『落陽』の歌詞を考察してその意味を味わっていきましょう。

この曲の作詞は岡本おさみ、作曲は吉田拓郎です。岡本おさみは初期の吉田拓郎の作品に深い関わりを持つ人物で、『旅の宿』や『襟裳岬』『祭りのあと』なども彼のペンによるものです。私は松本隆と双璧をなす素晴らしい作詞家だと思っています。

この『落陽』は、岡本おさみが北海道を放浪した時の、自身の実体験にに基づいて書かれた詞と言われています。

旅の途中で出会った一人の老人。彼のサイコロ賭博に明け暮れる事に至ったその人生。苫小牧港から仙台港に向かうフェリーに乗る自分をわざわざ見送りに来てくれたその老人との別れ際の情景を見事に描いています。



 

1982年のライブアルバム『王様たちのハイキング』の時の映像だと思われます。ということは武道館ですね。青山徹氏のレスポールが唸っています。ご覧頂いたようにライブでは本当に盛り上がる曲です。

1973年の『よしだたくろうLIVE'73』の時のリードギターは若き日の高中正義でした。ボリュームの調整を利用したあの印象的なイントロは、高中によるアドリブだったそうです。
 

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