米津玄師がセルフカバーするFoorin『パプリカ』が日本中で話題に?!話題の理由を徹底考察!

Foorinが歌い、大評判となった曲『パプリカ』は米津玄師が作曲、歌詞を書きました。さらに、米津玄師本人も『パプリカ』を歌い、MVを作ってこちらも話題となっています。ここでは『パプリカ』の歌詞を徹底考察、さらにMVも読み解きます!

記事の目次

  1. 1.『パプリカ』を歌うのは5人の小中学生男女で構成される、混声ユニットFoorin(フーリン)
  2. 2.『パプリカ』はNHK 2020応援ソングプロジェクトの応援ソングとして作られた
  3. 3.『パプリカ』歌詞、意味を考察!
  4. 4.米津玄師版『パプリカ』は歌詞は同じなのになんだか違う曲のよう?
  5. 5.米津玄師の『パプリカ』は歌詞だけじゃなくMVも話題に
  6. 6.『パプリカ』の歌詞考察まとめ

パプリカ 花が咲いたら
晴れた空に種を蒔こう
ハレルヤ 夢を描いたなら
心遊ばせあなたにとどけ
かかと弾ませこの指とまれ

そしてまたサビを繰り返します。最後にワンフレーズ付け足されています。

「かかと弾ませこの指とまれ」は、未来の自分に向かって「届くように」と撒いた種をさらに「掴む」ところを描写しているように思います。
かかと弾ませ、は、力強く踏み切って飛び上がる様子。躍動感にあふれていますよね。ただ、撒かれた種を待っているのではなく、自らつかみ取りにいく、そんな情景ではないでしょうか。

米津玄師版『パプリカ』は歌詞は同じなのになんだか違う曲のよう?

同じ歌詞なのになぜ印象が変わるのか?

パプリカ 歌詞
フリー写真素材ぱくたそ

ところでこの『パプリカ』は作曲した米津玄師も、自らが歌って『パプリカ米津玄師バージョン』としてNHKの「みんなの歌」の8月、9月の曲として公開されました。

歌詞はFoorinが歌うものと全く同じですが、アレンジがだいぶ変わっており、こちらのバージョンもなかなかに大人っぽくて良い、とファンからも絶賛されました。
また、同じ歌詞なのに米津が歌うとまるで違う曲のように聴こえる、とも話題になりました。実際、曲を聴いていただくと分かるのですが、たしかに、Foorinによって元気よく歌われる『パプリカ』と、米津1人によってしっとりと歌われる『パプリカ』、受け取り方が全然変わるような気がします。

それは一体何故なのか、既にネットでは色々と考察されていますが、やはり、子供たちが歌うのと、大人が1人で歌うのとでは雰囲気が既に違いますよね。

米津バージョンの「あなた」は子供のころの自分

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米津バージョンでは、歌詞の最初から、「目線」が変わってきます。Foorinバージョンでは子供の目線で歌われているように感じるのに対し、米津バージョンでは大人になった自分が子どものころを懐かしみ、振り返っているように感じるのです。

「夏が来る 影が立つ あなたに会いたい」この「あなた」は、過去の自分のことではないでしょうか。夢いっぱいだったあの頃の自分にもう一度会いたい…日々大人をやっているとたまに思うことがありますよね。おそらくこの歌詞の自分は夢を叶えられずに今もいるのでしょう。そして輝いていたあの頃の自分を振り返っているのです。

しかしサビではまた、前向きに考えなおします。過去の自分、夢と希望に満ち溢れていたあの頃の自分を思い返し、元気を貰っている、そんな感じでしょうか。

「会いに行くよ」からの部分も、昔自分が子どものころ遊んでいた場所に向かう、過去の自分と向き合いに行く、というようにも受け取れます。たまには歌を歌って、童心に帰るのもいいでしょう。

Foorinの歌は未来に希望や夢を抱く人たちの歌です。それは元々のコンセプトにぴったりでとても素晴らしいものです。しかし米津玄師の歌では、大人になった自分が過去の自分から元気を貰って頑張ろうと思う、そんな印象を受けます。

Foorinバージョンの「あなた」は未来の自分でしたが、米津バージョンの「あなた」は過去の自分、そのように解釈できる、だから受け取り方が、印象が変わるのだと思いました。

 

米津玄師の『パプリカ』は歌詞だけじゃなくMVも話題に

マントの子は誰?

さらに話題を呼んだのは、米津玄師の『パプリカ』のMVです。FoorinのMVはメンバーが元気いっぱい、ダンスをして歌っているという非常に微笑ましいものになっていますが、米津のMVはどことなく郷愁をさそうような、美しいストーリー仕立てになっています。

まず、見た方々が思うのが、「マントの女の子(男の子?)は一体誰だろう」ということでしょう。ネットやSNSなどでは「MVに登場する子供たちと一緒に遊んでいたけれどなんらかの理由で亡くなってしまった友達」や「風の妖精」、など、さまざまな意見が出ています。

大人たちがこのマントの子に対して無反応なのを見ると、彼女もしくは彼は、実在している人間ではなく子供たちにしか見えない特別な存在、であることは分かりますよね。ですから上記のように考察できるのもよく分かります。

歌詞にはない彼岸花の意味は?

パプリカ 歌詞
フリー写真素材ぱくたそ

もう一つ、このMVで話題になっているのが、ところどころ出てくる彼岸花の存在です。夏の花、といえば色々あるのになぜ彼岸花なのか…。このあたりも憶測でしかありませんが、マントの子と関係があるのではないでしょうか。

実はこのMVが公開されたのが、8月9日なのです。その日は長崎に原爆が落とされた日です。そのことと、このマントの子を関連づける考察も多数見かけます。つまり、あの日犠牲になってしまった、本来ならばもっともっと生きれるはずだった子供たちの精霊ではないか、そういう考えです。

夏になると遊びきれなかった分を遊ぶかのように、子供たちにしか見えない形で現れ、一緒に遊んでいくのかもしれません。そして大人になると見えなくなってしまうんですね。

「会いにいくよ~手にはいっぱいの花を抱えて」の部分は、MVでは彼らはもう大人になっています。しかしあの時一緒に遊んだあの子にまた会いたい、そんな気持ちでまたあの場所を訪ねる最中なのでしょう。

あのマントの子がなんなのか、ここで色々議論するのは野暮かもしれません。見た人それぞれに、子供のころの思い出があることでしょう。敢えて特定せず、謎のままにしておいたほうが、このMVを楽しめるのではないかと思います。

『パプリカ』の歌詞考察まとめ

パプリカ 歌詞
Photo byKaiPilger

こちらでは、今話題の『パプリカ』について、歌詞を考察しました。また、この歌を歌うFoorinのメンバープロフィール、そしてこの曲が作られたいきさつなどもご紹介しています。

歌詞は同じなのに、ここまで違う印象を与える、というのもひとえに米津玄師というアーティストの才能なのでしょう。単に「子供が歌ったから」「大人が歌ってるから」の差だけではなく、元々歌詞そのものが、子供が歌うのと大人が歌うのとでは受け取り方が変わるような構成になっているんだと思います。

もちろん本人がそれを想定して作ったかは分かりません。しかし実際、全く曲の印象が違う、と思う人が多い、ということは確かなことです。

是非、Foorinバージョン、そして米津玄師バージョンを聴き比べていただきたいと思います。

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