【菅田将暉】米津玄師が作詞作曲を手掛ける『まちがいさがし』も忘れられない迫力がすごい!歌詞もあわせて徹底考察!
深い歌詞と美しいメロディーが印象的で、ドラマの主題歌にも起用された菅田将暉の『まちがいさがし』。作詞作曲を米津玄師が手がけた楽曲ということでも注目を集めています。今回は、『まちがいさがし』の魅力や歌詞の意味について解説していきたいと思います。
『まちがいさがし』は、切ないメロディーの美しさや深い歌詞が魅力となっています。
この楽曲の歌詞にはいったいどんな意味が込められているのでしょうか。独自に考察していきたいと思います。
まちがいさがしの間違いの方に
生まれてきたような気でいたけど
まちがいさがしの正解の方じゃ
きっと出会えなかったと思う
歌い出しから切ない歌詞が胸を打ちます。声だけから始まり、ピアノが入り、ポツリポツリと語るようなAメロ。
あの時の選択は本当に正しかったのか。
あの時違う道を選択していればもっと明るい人生だったのではないか。
私たちはいつも、どちらが正解かを選択し続けながら生きています。
これまでを振り返ったり誰かの人生と比較したりすると、自分の人生はいつでも間違いだらけだと思えたりもします。
しかし、今の自分の人生だったからこそ出会えた人や、今の自分の人生だったからこそ手に入れられたものだってきっとあるはずです。
人生をただ悲観するだけではなく、自分の現状を受け入れてほんの少しでも見方を変えれば見えてくる大切なものはたくさんあるのではないでしょうか。
君の目が貫いた 僕の胸を真っ直ぐ
その日から何もかも 変わり果てた気がした
風に飛ばされそうな 深い春の隅で
退屈なくらいに何気なく傍にいて
「君」のまっすぐな目に貫かれて、主人公は自分が正解や不正解にとらわれていたことに気づきます。
そんなものよりも、「ただ傍にいてほしい」というシンプルな気持ちこそが大切であり、自分の望みを心に持つ権利は誰にだってあります。
たとえ、間違いの方に生まれてきたと思える自分にもです。
間違いだらけの 些細な隙間で
くだらない話を くたばるまで
正しくありたい あれない 寂しさが
何を育んだでしょう
愛する人や仲間と「くだらない話」をしている時間だってとても大切なものです。
「正しさ」を追い求めたところで自分の人生には何も生まれなかった。
1人で「正しくありたい」と悩んでいても結局何も変わらず、誰かと「くだらない話」をしている時間にこそ何かが育まれることもあります。
「何を育んだでしょう」と問いかける姿から、主人公の「正しさ」や「間違い」への認識が少しずつ変わってきているようにも感じられるのです。
自分自身の望みと、その望みを掴もうとすることが本当に正しいのかどうか。
葛藤しながらも一生懸命夢や恋を追いかける主人公の姿を描いたドラマ『パーフェクトワールド』の登場人物の心情にも重なるような歌詞です。
一つずつ 探し当てていこう
起きがけの 子供みたいに
寝起きの子どもとは、まだボーっとした頭の中で今息をしているのは”自分自身”で、今いるのはどこで…と1つずつ世界を改めて確認するようにしながら目を覚ましていきます。
「一つずつ」というさりげない言葉に、私は温かさを感じました。
全てにおいて完璧に正しくする必要はない。
一つずつでいいから、自分にとっての正解を見つけながらゆっくり歩んでいけばいい。
そんな温もりが、この歌詞から感じられるのです。
君の手が触れていた 指を重ね合わせ
間違いか正解かだなんてどうでもよかった
瞬く間に落っこちた 淡い靄の中で
君じゃなきゃいけないと ただ強く思うだけ
本当に大切なのは、正しいか間違っているかなのでしょうか。
目の前にいる愛するものの存在こそが最も大切なのではないでしょうか。
そもそも、一見同じような世界が2つ並んでいて、それのどちらが”正”だということは誰がどのような基準で決めるのでしょうか。
基準が曖昧だからこそ、私たちは何が正しくて何が間違いなのかを悩んでしまったりします。
どちらの世界も成り立っているのに、「こうあるべき」をいう型を押し付けられている。
しかし、そんな曖昧な基準で決められたものが本当に何よりも大切なのか。
そんなことを、本当に大切な存在である「君」と出会ったおかげで主人公は気づくことができたのです。
まとめ
初めてこの曲を聴いたとき、まるで泣きながら歌うような菅田将暉の姿と歌声に衝撃を受けました。
少し掠れた、しかし力強く真っ直ぐな歌声は年齢を重ねるに連れて増えていく葛藤や苦しみと、素朴で無垢な少年らしさが両立しており、その不思議なアンバランスさに無性に惹き込まれてしますのです。
深い歌詞が胸を打つ『まちがいさがし』。ストレートで魂を感じさせる菅田将暉の歌声はこの曲とマッチしていて、米津玄師が彼に歌わせるために生み出した曲であることが聞けば聞くほど感じられます。
2019年の『第70回紅白歌合戦』への出場も決定した菅田将暉。
俳優として国民に広くその名を知らしめていた存在でありましたが、これからさらに歌手活動をしている菅田将暉の名前もどんどん広まっていくこととなりそうですね。
二足のわらじで活躍する菅田将暉ですが、どんな活動においても楽しむことに重点を起きながらも、「本業は俳優なので」というような中途半端な歌手活動ではいけないという覚悟やプレッシャーもあるはずです。
菅田将暉を見ているといつも何かに立ち向かっているようで、しかもそれを楽しんでいるようにも思えます。
いろいろなことに悩みながらも生まれてきたことを無駄にしないような、そんな少年マンガの主人公のような生き方を見せてくれるからこそ、アイドル的な立ち位置として女性からの人気を獲得しながら、そこに加えて男女問わず幅広い層の人を魅了しているのではないでしょうか。
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