YOSHIKIのドキュメンタリー映画「WE ARE X」にも使用された『La Venus』とは?

X JAPANのリーダーYOSHIKIの波乱に満ちた人生を描いたドキュメンタリー映画「WE ARE X」。X JAPANファンならずとも涙無しでは観ることのできない作品を締めくくる名曲『La Venus』に込められた意味を考察していきます。

記事の目次

  1. 1.YOSHIKIのドキュメンタリー映画「WE ARE X」
  2. 2.映画のエンドロールにて使用された『La Venus』
  3. 3.『La Venus』に込められた意味を徹底考察
  4. 4.まとめ

YOSHIKIのドキュメンタリー映画「WE ARE X」

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X JAPANは日本の音楽シーンを代表する超大物ロックバンドです。
過激なルックスと高い音楽性により大きな商業的成功を収めたX JAPANは、“ヴィジュアル系”という新しい音楽ジャンルを確立しました。そのインパクトはジャンルの垣根を越え、日本の音楽シーンに大きな影響を与えています。

そのバンドの歴史は、まさに波乱万丈。「事実は小説より奇なり」ということわざがふさわしい数々のエピソードには、「これは本当にひとつのバンドに起こったことなのか」と思わされてしまうほどです。

すでに伝説的な存在となったX JAPANの歴史をまとめたドキュメンタリー映画、それが2017年に日本公開された「WE ARE X」です。
この映画の凄さを理解するには、X JAPANという稀有なロックバンドの歴史を知る必要があります。まずは彼らの歴史を簡単に振り返ってみましょう。

X JAPANの歴史

1982年に千葉県館山市に結成されたX(当時)は、数々のメンバーチェンジを経て、1988年にアルバム『Vanishing Vision』でインディーズデビューを果たします。同作は初回プレス分1万枚を完売し、オリコンチャートにランクインした日本音楽史上初のインディーズ作品となりました。

翌1989年にセカンドアルバム『BLUE BLOOD』でメジャーデビューを飾ると、“現象”と称しても過言ではないほどの大反響を獲得し、同アルバムは同年末までに当時としては破格の60万枚以上のセールスを記録しました。また、難産となった1991年リリースのサードアルバム『Jealousy』はミリオンセラーに到達した大ヒット作です。

名実ともに日本ロック界の頂点に立ったXですが、1992年1月にベーシストのTAIJIが脱退。しかし、彼らはその歩みを緩めることはなく、同年8月にはニューヨークで記者会見を開き、海外進出を表明します。また、TAIJIの後任としてHEATHが加入したことも公表。この時期にバンド名をXからX JAPANへ変更しています。

1993年8月には30分超の大作『ART OF LIFE』をリリース。長期間に渡るレコーディングの末、1996年11月に現在のところ最後のスタジオアルバムとなる『DAHLIA』をリリースしています。

1997年4月、 X JAPANとファンを激震が襲います。ヴォーカリストのToshlがバンドの脱退を表明したのです。残されたメンバーは後任ヴォーカリストとの活動継続を模索しましたが、ふさわしい人物を見つけることができなかったため、9月22日に記者会見を開き、X JAPANの解散を発表しました。

1997年12月31日、『THE LAST LIVE〜最後の夜〜』と題された解散ライヴを東京ドームで開催。バンドの歴史に終止符を打ちました。ステージ上でYOSHIKIとToshlが抱き合うなど感動的な場面が見られましたが、バンド側とToshlは意思疎通がまったくできておらず、裏側では通常のライヴでは考えられないような緊張感が漂っていたと伝えられています。

解散後のToshlは、X JAPAN在籍時の自分を否定するような発言を繰り返し、自己啓発セミナーによる洗脳騒動として音楽メディアだけではなくワイドショー等でも大きな話題となりました。この“洗脳状態”は長く続き、X JAPANの再結成(後述)の話が決まった時はまだ洗脳下にあったとToshl自らが語っています。

1998年5月2日、ギタリストのHIDEが急逝。同時に「2000年に新ヴォーカリストを迎えてX JAPAN再結成」という極秘プランも頓挫してしまいます。この悲劇はYOSHIKIの人生に大きな影を落とすことになります。

解散から約10年、2007年10月18日にX JAPANは再結成を発表します。
活動再開当初は、亡くなったHIDEのポジションは空位となっていましたが、その後、LUNA SEAのギタリストSUGIZOが正式メンバーとして迎えられています。

2009年1月、初の海外公演を香港で開催。解散前からの夢であった海外進出を本格化させていきます。
翌2010年には、アメリカの老舗ロックフェスティバル『ロラパルーザ』にも出演しています。

2011年7月17日、元ベーシストTAIJIがサイパン島で死去。X JAPANは再び大きな悲しみに襲われることとなりました。
X JAPANはHIDEとTAIJIを今でもメンバーとして扱い、ライヴのメンバー紹介時にも名前をコールしています。

2014年10月12日、世界的に有名な会場であるニューヨークのマディソン・スクエア・ガーデンで単独公演を開催します。数々の困難と悲劇を乗り越え、ついに夢を掴み取った瞬間です。


X JAPANの歴史はこの後も続きますが、今回のここまでにしましょう。
なぜなら映画「WE ARE X」で描かれているのは、マディソン・スクエア・ガーデン公演までだからです。

歴史的名作「WE ARE X」とは?

音楽関連ドキュメンタリーの名手スティーブン・キジャック監督が手掛けた同作。
キジャック監督はX JAPANのことをまったく知らなかったそうですが、メンバーおよび関係者インタビュー、バンドの秘蔵映像、当時のニュース映像などを絶妙なバランスで編集し、YOSHIKIを軸にしたバンドの歴史を見事に描くことに成功しています。

妥協を一切許さない創作姿勢で音楽と向き合い、人生のすべてをX JAPANに捧げてきたYOSHIKI。
その人生を描いた「WE ARE X」にさらなる感動を加えるのは、クラシックの要素とハードロックを見事に融合させたX JAPANのドラマティックな名曲の数々です。
その中でもエンドロールで流れる“La Venus”は特筆すべき素晴らしさで、映画の余韻を完璧なものとしてくれます。今回は“La Venus”について考察していきましょう。

映画のエンドロールにて使用された『La Venus』

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