【フジファブリック】知らない人はいない名曲「若者のすべて」について徹底解析!

フジファブリックの名曲『若者のすべて』。夏の終わりの切なさや美しさを描いた楽曲で、どこか懐かしさを感じさせる雰囲気も魅力の楽曲です。今回はフジファブリックの『若者のすべて』のリリース情報や歌詞について、注目してみました。

記事の目次

  1. 1.天才バンドとして名高いフジファブリック
  2. 2.最も代表的な名曲「若者のすべて」
  3. 3.歌詞に込められた意味を徹底解析
  4. 4.まとめ

山下智久主演、月9ドラマ「SUMMER NUDE」でも利用されていた

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山下智久が主演を務め大ヒットを記録した月9ドラマ「SUMMER NUDE」。

実はこのドラマの中で『若者のすべて』が流れたことがあり、当時非常に話題となりました。

放送されたドラマシーンでは一倉香澄役で出演する長澤まさみが口ずさむ場面が披露され、山下智久と長澤まさみがこの曲の意味について語り合うという場面も。

告知もなく突然『若者のすべて』が流れたこともあり、ファンからは驚きの声と共に多くの反響を呼びました。

歌詞に込められた意味を徹底解析

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『若者のすべて』という楽曲について、作詞・作曲を手がけた志村正彦は”前に進まなければならない”という意味が込められた曲であると述べています。

真夏のピークが去った 天気予報士がテレビで言ってた
それでもいまだに街は 落ち着かないような 気がしている

夏の終わりを感じるときの寂しさや虚しさ。

終わって欲しくない。終わることなどまだ考えたくない。

そんなソワソワした感情が思い浮かびます。

夕方5時のチャイムが 今日はなんだか胸に響いて
「運命」なんて便利なものでぼんやりさせて

”運命”というものは、誰もその目で見たことはない曖昧なものです。

都合のいいときは「きっと運命」。都合の悪いときも「そういう運命」。

人と人との繋がりも別れすらも、”運命”という”便利”で不確かなものですべて片付けられてしまいますが、改めて考えるとそれってなんだかとても寂しいことのような気もします。

自分とあなたが出会えたことは確実なもので、今目の前に大切な人がいることも絶対の事実なのに、その出会いも別れも”運命”という曖昧な言葉1つで表現されてしまうのです。

最後の花火に今年もなったな
何年経っても思い出してしまうな

ないかな ないよな きっとね いないよな
会ったら言えるかな まぶた閉じて浮かべているよ

”最後の花火”は、夏の終わりを感じさせます。

主人公が来た花火大会で、別れた大切な人の姿をついつい探してしまう。

ここで歌われている「最後の花火に今年もなったな」という歌詞には、どこか諦めの感情や意味が込められているようにも感じました。

いないことはわかっている。それでも追い続けてしまう存在。

主人公は、大切な人に言いたいことを言えないまま別れることになってしまったのかもしれません。

だから、もし次に「会ったら言えるかな」という後悔や未練の感情が残っているのではないでしょうか。

すりむいたまま 僕はそっと歩き出して

最後の花火に今年もなったな
何年経っても思い出してしまうな

ないかな ないよな なんてね 思ってた
まいったな まいったな 話すことに迷うな

最後の最後の花火が終わったら
僕らは変わるかな 同じ空を見上げているよ

まだ傷が癒えないまま、それでも”僕”は「前に進まなければならない」。

離れ離れになった彼女とはもう会うことも戻ることもできないだろう。

そう思っていたからこそ、大切な人との再会に少し戸惑う姿も見せる主人公。

「まいったな 話すことに迷うな」という初々しさや不器用さはまさに瑞々しい”若者”の姿を感じさせます。

「同じ空を見上げているよ」という最後の言葉から私は、一度すれ違って恋人たちがまた出会う模様が描かれた歌であるのだと解釈しました。

「最後の花火が終わったら」という歌詞からは、これまでの諦めの感情ではなくどこか前向きな感情も読み取れます。

夏の終わりの切なさ、若い男女のひと夏の恋模様。

そして、若者が成長する姿を幻想的に美しく描くこの楽曲は、音楽であり物語であるような、エモーショナルで郷愁に溢れ、心にじわりと滲みこんでくる作品なのです。

まとめ

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瑞々しいイントロに、素朴で優しい歌声。

キラキラ輝くような眩しさと、過ぎていく一瞬を思う切なさを感じさせるサウンド。

『若者のすべて』は心の柔らかい部分にそっと触れ、懐かしさや郷愁を思い起こさせます。

志村の死後も活動を続けることを選んだフジファブリック。前に進み続ける彼らにとって、この曲はどんな存在になっているのか。

そのことを考えると、これまでのフジファブリックもこれからのフジファブリックも、ファンとして愛し、共に進んでいきたいと改めて感じます。

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